【小話】いつかのプディング【4】

とあるイイ騎士と女調理師の話、第4話。

3話はこちら

(注意:蒼天秘話のネタバレがすこし含まれています)

何故、わたしなのか。
卿からの書状によれば、依頼の内容はプディングを作ること。プディング……イシュガルド人の卿が言うならばおそらく、イシュガルドの上流階級で好まれるクレームブリュレと似たような菓子で間違ってはいないだろう。高級菓子の類ではあるがそれはほとんど素材の質に左右されるもので、わざわざビスマルクの料理人を呼び立てる理由も無いし、何より自らのキャンプにメドグィスティルほどの料理人を抱える卿が用意出来ないもののはずが無いのだ。

表向きの名分については真摯であろうと決めた。だから、それを聞かずには頷けない。突き返すつもりで用意してきた前金の袋が鞄に入っているのを指先で確かめ、静かに卿の瞳を見据えて答えを待つ。

「何故、か。……そうだな、話せば長くなるのだが」
「構いません」
「では紅茶が冷めぬうちに話すとしよう! プディングを作って欲しいというのは全く依頼状の通りなのだが、食べるのは私ではない。……我が友、フランセルへの見舞い品なのだ」
「フランセル様に?」

フランセル・ド・アインハルト……先の偽異端審問官事件で罪を着せられたアインハルト家の末息子。わたしにとっては、皇都から逃げ延びて占星台に移り住んだ際、当座の家と仕事をくれた……そう、皇都での唯一と言っていい恩人。その彼が異端の疑惑をかけられたとあっては、奮い立たずにいられなかった。それがあの時、卿の目にも好ましく映ったのだろう。

「うむ。お前も知っての通り、フランセルは謂れの無い異端疑惑でどうすることも出来なかった。ギイェームが偽物だったとはいえ……いや、だからこそか。お前の働きが無ければ、アインハルト家の直系といえどどんな処分になっていたことか……。改めて、あの時の礼を言わせて欲しい!」

異端など、フランセル様に限ってそんなはずは無い……そう言いかけた口をつぐみ、恐縮ですと呟いて浅い目礼を返す。卿の眉根がほんのわずか、何かに興味を示すように歪むが、それはすぐ次の言葉に掻き消えた。

「私とフランセルが友になったその時、間にあった菓子がプディングなのだ。あの頃と変わらぬ友情を伝えるのに、これほど相応しいものもあるまい?」
「……そうでしたか」

衒いのない笑顔とともに紡がれる言葉、そこに嘘は感じられない。非礼を恥じ入ると共に、フランセル様へ僅かでもご恩を返せるかもしれないという思いが頭をふと過ぎり、深く考えだす前に素直な笑みをもたらした。

__嗚呼、でも

__またお会いしなければいけない

__それでも、それでも!

「事態が落ち着いたとはいえ、使いを出すのも大仰だろう。今は静かに過ごさせてやりたくてな。ここと砦群を身軽に行き来出来るお前にしか頼めないことなのだ」
「……委細、承知いたしました。早速行って参りましょう」
「? ここで作ればいいではないか、ビスマルクへ戻るというのか?」

走り書きが踊るメモの束を整えポケットに仕舞いこみ、紅茶を飲み干して立ち上がったわたしに卿はきょとんと首を傾げてみせる。が、その表情はすぐ得心のいくものに変わった。

「料理に魔法をかけるには下準備が必要です、卿。今わたしに必要なのは食材でも厨房でもありません、フランセル様が語るプディングのお話です」
「ふふ……やはり、お前に頼んだことは間違っていなかったな! 良い結果を期待しているぞ、ドギィ」
「お任せを」

疑いを恥じ入ったことと、調理師の仕事について真摯でありたい気持ちの強さと、ほとんど反射的に浮かべた笑みを嘘にしたくない見栄のような何かとが入り混じり、大仰にお辞儀をしてみせる。この瞬間のわたしは、さぞ意気に溢れた顔をしていたことだろう。だが、残念ながらそれは見せかけだ。大恩あるフランセル様を元気づけることが出来るかもしれないという大きな喜びが生まれてすぐ、そのためにもう一度彼と会うことで、これまでの嘘がばれてしまわないか……というおそれが顔を出していた。

__父を聖戦で失い、寄る辺がございません。ああ、どうかこの哀れな母と娘にお慈悲を!

クルザスでの生活を守るため、わたしはフランセル様を騙し続けてきた。今更どんな顔で会いに行けば、フランセル様をがっかりさせないで済むだろう、これ以上嘘を重ねずに済むだろう。

「(嘘をつき続けることは、苦しいですね)」

生きるため、死なないためについた嘘だった。暁の血盟という後ろ盾を得て、ビスマルクの筆頭調理師として名を上げて、そうして誰に憚ることなく生きていける今になって、恩ある人へ偽ったことを悔いるとは、なんて滑稽なのだろうか。


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