【小話】いつかのプディング【1】

以前から少しずつ書き溜めていた、あるエレゼンの女調理師とイイ騎士の記憶。パッチ2.1~2.3の間くらいの話です。

「ザナラーン茶葉が10袋に……鏡鉄鉱を100ポンズ。確かに受け取った」
「では、また明日」
「今日はビスマルクに立つのかね」
「いえ、こう鉄臭くては……」
「はは! そうか、まあ出る時はリングサス殿によろしく伝えてくれ。弟子の持ってくる茶葉はオーバールック名物だってな」
「恐縮です」

眉月がパイ生地に残った爪跡のように薄く浮かび上がる夕暮れ過ぎ。黒渦団から日替わりで請ける輜重調達任務のためにザナラーン茶葉と鏡鉄鉱を届け終え、上甲板層のカウンターから踵を返す。今日は他にこれといって予定もない。トゥビルゲイム先生のところに顔を出すか、シシプさんの愚痴聞きに行くか……会いたい人たちの顔を思い浮かべはするものの、なんだかこれ以上は何かする気になれず、気がつけば足が向いていたアンカーヤードから、ぼんやりと西の水平線を眺めていた。

 

 

空では青とも銀ともつかない、曖昧で優しい色の闇が輪郭だけの夕陽を惜しんでいるようだ。その一方で下甲板層を見下ろせば、出入りの船やマーケットから漏れ出る賑やかな明かりが一番星の光をかき消すように灯り始める。この街の一日が夜を吸い上げて染まっていき、黄昏過ぎ独特の静寂と喧騒が入り交じる、この空気が好きだ。
空や街並みを美しいと感じたり、人の営みの気配を好ましく思ったりするなど、とても昔の暮らしでは考えられなかっただろう。それに気づいて、何故か気分がよかった。

__そのせいだろうか、マスター・リングサスから舞い込んだ奇妙な依頼にも、すこしだけ無防備でいられたのは

「よう、トリニティ。黄昏てるな」
「……ああ、お師匠! ご無沙汰しています」

頭上から届いた明朗な呼びかけ。なりかけの夜でもその声を聞けばすぐに彼の人と分かる、マスター・リングサス。貴族の家でちょっと炊事仕事をかじっただけの田舎娘に快くスキレットを振らせてくれた、この街の大恩人のひとりだ。

「こんなところまでどうされました?」
「こっちに行ったのをル・アシャの奴から聞いてな。今日は風が出るぞ、冷える前にどうだ」

くいと小さな盃を傾ける指仕草に頷き、腰掛けていた塀から軽やかに飛び降りる。

「お店はいいんですか?」
「ちょいと野暮用もあってな、抜けてきた。まあ、座って話すとするか」
「承知しました。コーンブレッド、焼きたてだといいですね」
「ああ」

マスター・リングサスはルガディン独特のものものしい見た目と豪快な雰囲気に似合わず、人に何かを頼むときは意外なほどに物腰が柔らかい。その空気には確かな尊重を感じる、だからこの間の……ナナモ陛下の無理難題くらいなら笑顔で引き受けようと思えるのだ。

 

 

「わたしに、ですか?」
「ああ、是非お前さんにとな。だが、詳しい話は俺も聞かされてなくってな……なんでも、プディングを作って欲しいらしいんだが」
「はぁ……プディング、ですか」

自分以外の誰かが作る料理はだいたい無条件に美味しい。それは料理をしている人間なら誰しも感じることが出来るちいさな魔法。その魔法の前では、リムサ・ロミンサ……いや、エオルゼア随一の高級店、レストラン・ビスマルクの総料理長とその直弟子が、溺れた海豚亭で焼きたてのコーンブレッドに目を細める光景もごく自然なこと。薄切りのガーリックとドラゴンペッパーを入れて煙が出るほど熱したオリーヴオイルをたっぷりひたし、ミルで挽いたラノシア岩塩をぱらりとかけて頬張れば、次の瞬間には笑顔が約束される……はずなのだけれど、マスター・リングサスの口はどこか重そうだった。

「お前さん、あっちの出だろう。料理の依頼と偽って、つまらん事に巻き込まれないか心配でな」
「…………」

大きくちぎったブレッドをエールで飲み下し、マスター・リングサスはやっとそう言ってくれた。家の事情……濡れ衣ではあるが異端の疑惑を被った父のとばっちりを避けるために皇都を捨て、クルザスからも逃げるようにリムサ・ロミンサへ来た経緯を、彼には既に話している。今回の依頼主であるというキャンプ・ドラゴンヘッドの主、オルシュファン卿は知らない仲ではない、むしろよくしてもらっている方だと思うが、それはあくまで暁の血盟やエオルゼア三国を通した冒険者トリニティ・ドギィという立場での話だ。クルザスで捨ててきたトリニテ・ロワゾーの名が正規の仕事熱心な異端審問官に知れてしまっていたのだとしたら、そんな立場など全く意味を成さないだろう。

「前金ももらっちまってるが、断ったっていいんだ。無理はするな」
「……いえ、行きます。お心遣い、痛み入ります」
「そうか」

西からゆるゆると吹き込む夜風がコーンブレッドを少しずつ冷ましていく。
クルザス。そして皇都イシュガルド。暁の血盟から、またはメルウィブ提督からの仕事でなければ二度と足を踏み入れることもあるまいと避けていた土地。出来るなら、もう地図でその名を見ることもしたくない。……だが、この時の私には決心があった。食べたいと求める者があるのなら拒まないという決め事。空腹を満たした者の充足、それがハルオーネとハルドラスの代わりに得た私だけの信仰なのだ。

「あっちの野菜、お土産に買ってきますね。玉ねぎが美味しいんですよ」
「ああ、待ってるぞ」

マスター・リングサスがやっと、安堵した笑顔を見せてくれた。
少しは、調理師の顔を見せることが出来たからだろうか。

【2】へ続く


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