【小話】いつかのプディング【2】

とある女調理師とイイ騎士の話。
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キャンプ・ドラゴンヘッドのエーテライト傍に降り立ってまずするのは、眼鏡をかけ直すこと。アドネール占星台でもそう、ホワイトブリムでも、そうだった。父の姓を名乗り、髪を伸ばし、よそ者然とした顔をすることは出来ても、この土地でいつも感じていた嫌らしい視線を振り切ることはまだ、出来ずにいる。

「(なんて居心地の悪い)」

他愛ない会話の中でも、どこか互いを監視し合う人々。目立たぬように、後ろ指を指されぬように、足並みの揃わぬ者がいれば一番に告げ口が出来るように。ハルオーネはマスゲームが好きだったなど、どんな文献でも読んだ覚えは無いはずだけど。私の血が純粋なイシュガルド人のそれでは無いせいで、子供の頃からそんな皮肉めいたことを考えてはいられたが、真っ向から否定してみせるほどの誇りは昔も今も持ってなかった。そうだ、わたしは未だ、この国の闇を恐れている。
捨ててきたはずの煩わしい思考が、誰のものでもない瞳が、今もじっとこちらを見ているような錯覚。気を緩めれば支配されてしまいそうだ……だが、それらはひとまずは頭から追いやらねばならない。何しろ今のわたしは、あのフォルタン家の一員からの正式な招聘を受けてここに居るのだから……そうだ、トリニテ・ロワゾーとしてではなく、トリニティ・ドギィとして。

もう一度眼鏡を直し、しゃんと背筋を伸ばす。誂えたばかりのクリナリアンエプロンは、不思議と自分を大きく見せてくれるような気がした。

「おや、君は……」
「失礼する。わたしはリムサ・ロミンサ調理師ギルド、マスター・リングサスの名代として伺った、レストラン・ビスマルク筆頭調理師トリニティ・ドギィ。……書状はこの通りだ、依頼主であるオルシュファン・グレイストーン卿にお目通りを願いたい」
「委細承知した、依頼状を預かろう。オルシュファン様がお見えになるまで、中で待つといい」

執務室の扉を護る衛兵に向かい、普段は決して自分から名乗らない、長く大仰すぎて好きになれない肩書を淀みなく述べ上げる。それが自分を鼓舞してくれると思えた。……依頼という体で突然に呼び出された理由、その後ろ側を先に覗かせてくれることなどあるわけが無い。だからこそ、表側の名分については真摯でありたかった。たった今、名乗ったものに恥じない為に。

「おお、ドギィではないか!待ちかねていたぞ」
「……ご無沙汰しております、オルシュファン卿」

蹴爪が軽やかに凍土を駆ける音。温度すら感じさせるチョコボの規則正しい呼吸音。そしてそれらに合わせて律動し、甲冑と剣鞘が擦れ合う音。南門の方向から届いた音たちは少しずつこちらに近づき、ざん、と威勢のいいヒトの足音を最後にやがて静寂へと変わる。わたしへの手招きをしかけた衛兵が慌てて敬礼を向けた方に振り向けば、そこには言葉の裏側を覗き込もうと思っていた自分を恥じたくなるほどの衒いない笑みを湛えた、オルシュファン・グレイストーン卿その人が居た。

「先立ってのご尽力に礼を述べる間も無く退去してしまったことを心苦しく思っておりました。調理師としてではありますが、本日このようにお呼び立てをいただいたからには、過日の恩をお返し出来るよう努めさせていただきます」

対等な冒険者の顔で向き合おうとどれだけ努めても、長年の生活でしみついた身分の戒めが簡単に解けるはずもない。ついこの間、飛空艇エンタープライズ号を探すのに骨を折ってくれた経緯も手伝ってだろう、わざとらしいまでの言葉がつらつらと口をついて出るし、頭も自然と下がってしまう。

「フフフ、漆黒の王狼を討ち取ったエオルゼアの英雄がそう畏まるな! 冷えただろう、まずは脚を休めるといい。……メドグイスティル!」

吹雪で冷えきった手甲がちらりと肩にぶつかる。だがそのすぐ後感じたのは、革手袋を脱いだ大きな掌の温かみ。来客を通すにはやや軽率な仕草のようにも思えた、が。

__無理はするなよ

自ら執務室に繋がる扉を開け、中で控えていた人々にも同じ笑顔を見せるこのイシュガルド人らしからぬ人に、何故か。行きがけにエーテライトまで見送りに来てくれた、マスター・リングサスの優しい眼差しを思い出した。

【3】へ続く


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